※当ページには広告(プロモーション)が含まれています。
2026年7月30日、日米が協調して為替介入を行いました。日本が6〜7兆円、米国が1兆円程度。1ドル162円台後半から157円台後半まで、5円ほど押し戻しています。
その直前、円は一時164円に迫っていました。約40年ぶりの円安水準です。
そして8月中旬の今、ドル円は159円台に戻っています。介入から2週間ほどで、ほぼ元の位置です。
日銀は6月に政策金利を1.00%へ引き上げました。1995年以来、31年ぶりの水準でした。9月の追加利上げを見込む市場の確率も8割に達しています。それでも円は戻りません。
金利が上がっても円が戻らないのは、金利では動かない部分があるからです。
過去最大の黒字なのに、円は40年ぶりの安値
日本の対外収支は、次のようになっています。すべて財務省の速報値です。
| 期間 | 経常収支 | 貿易収支 | サービス収支 | 第一次所得収支 |
|---|---|---|---|---|
| 2025年(通年) | +31兆8,799億円 | ▲8,487億円 | ▲3兆3,928億円 | +41兆5,903億円 |
| 2026年(上半期) | +17兆4,292億円 | +7,421億円 | ▲1兆8,223億円 | +20兆4,914億円 |
2025年の経常黒字31.9兆円は過去最大です。2026年上半期の17.4兆円も、上期としては1985年以降で最大。しかも貿易収支まで黒字に戻りました。AI向けの半導体輸出が伸びたためです(2026年上期の半導体等電子部品の輸出は前年同期比+41.1%)。
教科書どおりなら、これだけ黒字が出ていれば円は買われます。
実際には、40年ぶりの安値です。
この矛盾に関わっているのが、「デジタル赤字」と呼ばれている数字です。
デジタル赤字とは何か
国際収支統計のサービス収支のうち、次の3つを足したものを指します。
- コンピュータサービス —— クラウド(AWS、Azure、Google Cloud)、SaaS、生成AIの利用料、オンライン会議ツール
- 著作権等使用料 —— OSのライセンス(Windows、iOS)、音楽・映像配信のライセンス料
- 専門・経営コンサルティングサービス —— ネット広告費(検索広告、SNS広告)、外資系コンサル料
この3つの合計が、2024年で6.7兆円の赤字。2025年も6.7兆円の赤字で、ほぼ横ばいでした。
10年前(2014年)と比べた伸び方は、次のとおりです。
| 項目 | 2014年比(2024年) |
|---|---|
| 著作権等使用料 | 2.1倍 |
| コンピュータサービス | 3.3倍 |
| 専門・経営コンサルティング | 5.4倍 |
一番伸びているのは、ネット広告などが入る専門・経営コンサルティングです。5.4倍。日本の会社が集客のために払っている広告費が、そのまま海外に出ていっているという面があります。
なお、この「デジタル赤字」は統計の正式名称ではありません。日銀が2023年のレポートで使った分類を借りた通称です。総務省の白書も「この中にはデジタル分野以外の取引も含まれる点に注意が必要」と自ら注記しています。厳密な数字ではなく、大きさの目安になるものです。
6.7兆円はどれくらいの額か
同じ2025年に、こういう数字があります。
| 2025年 | 金額 |
|---|---|
| デジタル赤字 | ▲6.7兆円 |
| 旅行収支の黒字(インバウンド) | +6兆3,429億円(過去最大) |
| 原油及び粗油の輸入額 | 9兆511億円 |
訪日客が過去最高のペースで来て、旅行収支は過去最大の6兆3,429億円を稼ぎました。それでも、デジタル分野への支払いのほうが上回っています。
日本中の観光地とホテルと免税店が、一年かけて外貨を稼ぎました。その額を、クラウドとライセンスとネット広告への支払いが上回った。それが2025年に起きたことです。
原油の輸入額9兆円にはまだ届いていません。ただ経済産業省は2023年の時点で、デジタル赤字はいずれ原油の輸入額並みの規模になるという見通しを示しています。2035年に年18兆円という予測もあります。
日本は昔から、原油が上がると貿易赤字が膨らんで円が売られる国でした。そこに、値切ることのできない輸入品目がもうひとつ増えました。
払っている先はどこか
日銀が支払先を地域別に調べたところ、クラウドなどが含まれる「通信・コンピュータ・情報サービス」の支払いは、米国向けが全体の3分の1でした。残りはシンガポール、オランダ、中国、スウェーデン、英国に散らばっています。
2024年でも、赤字が大きいのは米国・シンガポール・オランダの順です。
ここで「アメリカ以外にもけっこう払っているのだな」と読むのは、早合点です。シンガポールにはGoogleのアジア拠点があり、オランダやアイルランドには欧米ITの欧州法人が置かれています。
これは数字にも表れています。2021年、米国のデジタル関連サービスの黒字は1,820億ドルでした。その内訳を見ると、対アイルランドで880億ドル、対シンガポールで239億ドルを稼いでいます。日本からいったんシンガポールに落ちたお金が、そこから米国に集まる形です。
日本の赤字の規模を国際比較すると、2023年で277億ドル。比較対象の主要12カ国で最大でした。2位はドイツの209億ドルです。ドイツのGDPは日本を上回りますが、赤字は日本の75%で止まっています。
過去最大の黒字が、円買いにならない理由
日本の経常黒字の大半は「第一次所得収支」です。2025年でいえば、経常黒字31.9兆円に対して第一次所得収支は41.6兆円。海外に投資した分の利子と配当で稼ぐ形になっています。
問題は、このお金が日本に帰ってこないことです。
- 直接投資の「再投資収益」は、定義からして現地で外貨のまま再投資される分です。円買いは発生しません
- 証券投資の利子・配当も、複利で回すために現地で再投資されるのが通例です
みずほ銀行の唐鎌大輔氏が財務省の研究会で示した試算では、第一次所得収支の7割弱が円に戻っていないと推計されます。
そこで、実際に為替取引が発生する分だけを取り出して経常収支を計算し直すと、2022年は10兆円程度の赤字になったという試算があります。統計上は黒字でも、実際のお金の流れは赤字だったということです。
一方、デジタル赤字のほうは事情が違います。クラウドの請求書は実際に払わなければなりません。ドルを買って、払う。帳簿上の黒字ではなく、実際に円を売る取引です。
唐鎌氏はこれを、インバウンドで稼いだ外貨がデジタルの支払いに吸われていく形、と整理しています。そして、外貨を稼ぐ側(観光)には人手という上限があるのに対し、外貨を払う側(デジタル)には上限がない、と指摘しています。
クラウドが値上げしても、使うのをやめるという選択肢は事実上ありません。
これが円安の原因かというと、違います
「デジタル赤字のせいで円安になっている」は、事実に反します。理由は3つあります。
1. 規模が足りない
6.7兆円はGDP比0.53%です。保険料の対外支払い(0.52%)とほぼ同じで、その他の業務サービス(0.84%)より小さい。米国のシンクタンクCSISの調査による指摘です。
2. 数字が支持していない
国際通貨研究所の内田稔氏が、2026年4月に分析を発表しています。2020年5月からの実質実効為替レートの下落38.5%のうち、79%は名目実効レートの下落で説明され、物価格差の要因は21%でした。名目レートを動かしているのは、主に内外の金利差です。
さらに内田氏はこう指摘しています。貿易赤字は2023年以降に大幅に縮小したが、それでも名目・実質とも円安は続いた。だからこの間の円安は、お金の出入りより日銀の金融政策(実質金利のマイナス幅)の影響とみるのが妥当だ、と。
3. 払うこと自体が競争力を生んでいる
CSISの調査によると、日本の輸出主導型企業の7割が、デジタル支出の4分の1以上を海外サービスに払っています。そしてその活用が、サービス業輸出の付加価値の9割、製造業輸出の7割以上を生んでいるとされます。海外クラウドの利用をやめれば日本の競争力が上がる、という話ではありません。
円安の主因は金利だと考えています。日銀が実質金利のマイナス幅を確実に縮めていけば、円は戻ります。デジタル赤字は主因ではありません。
ただ、円が戻ったあとにどこで落ち着くのか。そこに関わってくるのが、デジタル赤字のような数字です。金利は上がったり下がったりします。デジタル赤字のほうは、下がる材料が今のところ見当たりません。
現場では「このご時世だからね」で終わっている
品目ごとに円安の影響がはっきり分かるかというと、そこまでの実感はありません。給湯器1台の値段を年ごとに記録しているわけでもないので、比べようがないというのが実際のところです。
ただ、リフォームの見積もりは上がっているように感じます。同じような工事なのに、以前より金額が大きい。
そして値上がりを見ても、強く押し返してはいません。資材の単価が上がりまして、と言われれば、まあこのご時世だからね、と受け入れている。業者もこちらも、そういう空気になっています。
しんみり納得して、印鑑を押す。
その「このご時世だからね」の中身は、費用の項目によって事情が違います。
大家の費用には、どの順番で届くか
届くのが早い順に、次の4つです。
① 設備の交換費用
給湯器、エアコン、ポンプ、鍵。輸入部材や海外生産分を含むものは、円安がそのまま単価に乗ります。ただし1台ずつでは差が見えにくく、現場ではまず気づきません。影響が出ているのに気づけない、という意味で一番やっかいな部分です。
② 修繕・原状回復の資材費
見積もりが上がったと感じるのは、たいていここです。これは統計にも出ています。
国土交通省の建設工事費デフレーター(2020年度=100)の最新値は、2026年5月時点で次のとおりです。
| 区分(2026年5月) | 指数 | 前年同月比 | 2015年度比 |
|---|---|---|---|
| 建設総合 | 126.4 | +5.2% | +31.6% |
| 住宅総合 | 127.1 | +5.2% | — |
| 鉄筋コンクリート造の住宅 | 126.8 | +5.4% | +32.3% |
| 木造住宅 | 126.7 | +5.2% | — |
10年前と比べて3割以上高い。しかも直近1年でも5%台の上昇が続いていて、まだ止まっていません。
円安だけが原因ではありません。人件費と資材の需給も乗っています。ただ、輸入資材の部分には為替の影響が直接出ます。
③ 新築・大規模修繕の見積もり
大規模修繕は、金額として一番大きく動きます。10年前の感覚で修繕積立の計画を立てていると、実際の見積もりで3割以上の差が出ます。
④ 金利
順番としては最後ですが、金額としては最大です。日銀は2026年6月16日の会合で、政策金利を0.75%から1.00%へ引き上げました。市場では9月の追加利上げを見込む確率が8割に達しています。
ややこしいのは、「円安が止まるほど利上げが進めば、返済額は増える」という関係になっていることです。円安の解決策が、そのまま借入コストの増加になる。
借入のある人にとっては、円安が続いても困り、円安が止まっても困る。どちらの方向にも備えが要ります。
為替では、投資判断を変えない
私は不動産の判断を為替で変えたことがありません。
株式のように為替へ直接ひっぱられる資産ではないからです。円が10円動いたから物件を買う、買わないという話にはならない。影響が大きいのは、金利のほうです。
為替の見通しで投資判断を変えるのは、おすすめしません。 為替は当たりません。介入すら2週間で押し戻されるのが今の相場です。
そのかわり、費用の側で見ておきたいことが3つあります。
- 修繕積立は、10年前の単価ではなく、そこから3割上がった水準で見積もり直す
- 設備更新は、資材費が下がらない前提で保守的に見る
- 返済計画は、政策金利がもう1〜2段階上がっても回る水準で組む
一番大きいのは3つめです。判断の軸になるのは為替ではなく、金利のほうです。
円の水準についても、一つだけ。金利が正常化したあとに残る円の相場は、10年前より安いところになるとみています。デジタル分野への支払いが減る材料が、見当たらないからです。
修繕と設備の計画は、その前提で立てておくほうが安全だと考えています。
数字の出典
- 財務省「令和7年中 国際収支状況(速報)」「令和8年上半期中 国際収支状況(速報)」
- 総務省「令和7年版 情報通信白書」(デジタル関連項目のサービス収支の動向)
- 日本銀行「日銀レビュー:国際収支統計からみたサービス取引のグローバル化」(2023年8月)
- 唐鎌大輔「円の需給環境と日本経済の構造変化」(財務省財務総合政策研究所)
- 三菱総合研究所「日本:デジタル関連収支(2025年)」(2026年2月9日)
- 内田稔「実質実効為替レートで考える円相場反転の条件」(国際通貨研究所、2026年4月27日)
- 木内登英「円安阻止に向けた日米協調の新たな局面」(野村総合研究所、2026年8月3日)
- CSIS調査(東洋経済オンライン掲載)
- 国際貿易投資研究所「世界のデジタル関連サービス貿易」
- ジェトロ「2025年貿易統計」(原油及び粗油の輸入額)
- 日本経済新聞(2025年の旅行収支・経常収支、財務省統計に基づく報道)
- 国土交通省「建設工事費デフレーター」(2020年度基準/月別は2026年5月分・2026年7月31日公開、年度別は2026年6月30日付け。e-Statより取得)
※本記事は2026年8月時点の公開情報に基づきます。
「データ探偵 完全解説版」PDFをプレゼント

