江戸時代の農村が、イギリスより平等だった理由 ―― 584か村の土地台帳から

江戸の村では85%の世帯が田畑を持ち、イギリスでは4〜6割だったことを示す図

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やっしー隊長です。

賃貸管理という仕事は、やってみると自営業に近いものがあります。入居者が退去すれば自分で手を打ちますし、修繕の見積もりも自分で見ます。会社員のころは、こうしたことを全部どこかで誰かが処理してくれていました。

給料をもらっていたころは、世の中で何が起きても月末の振込額は同じでした。円安も、金利も、資材の値上がりも、会社がどこかで吸収していたのだと思います。

辞めるとその吸収がなくなりました。金利は返済額に、資材の値上がりは修繕費に、物価高は入居者の家計に、そのまま届いてきます。

そのせいか、社会の仕組みや歴史に興味がわくようになりました。会社員のときは、正直まったく興味がありませんでした。

そこで、江戸時代の格差はどうだったのかを調べてみました。身分の社会なのだから、いまより格差は大きかったはずだと思っていたのですが、数字は違いました。

地域別9地域の数字、国際比較12件の一覧、推計の頑健性、そしてこの数字で言えないこと。note版に載せきれなかったものが、全部そろっています。


目次

1. 584か村の土地台帳

使うのは、公文譲(くもん ゆずる)氏の研究です。日本全国584か村の村方文書から、土地の分布を推計したものです。対象期間は1637年から1872年、235年分になります。

公文氏は慶應義塾大学の経済学部を出て、東京大学の修士課程、カリフォルニア大学デービス校で博士号を取った経済史の研究者です。この分野の博士論文に贈られるアレクサンダー・ガーシェンクロン賞を受けています。

江戸時代の数字がなぜ分かるのか

江戸時代の統計というと、心もとない印象を持たれるかもしれません。実際には、村ごとに人口と土地の台帳が残っています。宗門改帳をはじめとする村方文書です。

これらの多くは、戦後に自治体史(市史・町史・村史)の編纂事業で活字になっています。公文氏はそれを集めてデジタル化し、584か村ぶんのデータベースを作りました。

なぜ「所得」ではなく「土地」なのか

江戸時代に所得の統計は存在しません。日本で所得税が導入されるのは1887年(明治20年)で、江戸が終わってからです。

一方、土地は当時いちばん大事な財産でした。農村なら、土地の分布はそのまま暮らし向きの分布に近くなります。だから土地を調べた、というわけです。

この点は後の章で効いてきます。江戸の格差として語れるのは「資産(土地)の分布」であって、「所得の分布」ではない。ここを混ぜると話が壊れます。


2. 全国の数字

推計結果は次のとおりです。

指標
土地所有のジニ係数0.57
土地を持たない世帯15%
上位10%が持っていた土地43%
上位20%が持っていた土地61%
下位40%が持っていた土地7%

ジニ係数は0が完全な平等、1が一人による独占を意味します。0.57は、決して平等な数字ではありません。

村に100軒あったとすると、上の20軒で田畑の6割を持ち、下の40軒はあわせて7%を分けていた計算になります。はっきりした差があります。

それでも引っかかるのは、次の点です。

85%の世帯が、大なり小なり土地を持っていました。

230年間、動いていない

もうひとつ驚いたのは、1640年から1870年まで、この数字が動いていないことです。格差が広がりも縮みもしていません。

普通、経済が動けば分布も動きます。豊作の年に買い増す家が出て、飢饉で手放す家が出る。それが積み上がれば、何十年かで偏っていきます。

ヨーロッパでは実際にそうなりました。イタリアもドイツも、産業化のずっと前から不平等が増え続けています。

江戸の農村は動きませんでした。


3. 地域別の全データ

全国平均だけでは見えないものがあります。9つの地域に分けた数字がこちらです。1870年代の農村人口でウェイトを付けて集計されています。

地域ジニ土地なし下位40%が持つ土地上位20%が持つ土地上位10%が持つ土地
関東0.507%10%55%38%
東海0.5210%8%55%37%
中国0.5511%7%58%40%
東北0.5719%7%61%42%
九州0.5917%6%63%45%
四国0.6017%6%64%46%
東山・中部0.6016%5%64%46%
北陸0.6520%3%69%50%
畿内0.6934%2%73%53%
全国0.5715%7%61%43%

いちばん平等だったのは関東で、ジニ0.50、土地を持たない世帯は7%です。江戸の周辺ということになります。

いちばん不平等だったのは畿内で、ジニ0.69、土地なしが34%。京都・大阪の周辺です。

商業が発達した地域ほど、土地が集まっていました。売り買いが活発なら、動いた先で溜まります。畿内では3軒に1軒が土地を持っていなかった計算になります。

ただし、押さえておきたいのは次の点です。

その畿内の0.69ですら、イングランドの0.7〜0.9より低いのです。日本でいちばん不平等だった地域が、西欧の平均的な村より平等でした。


4. 産業化前夜の国際比較(全12件)

公文氏は同じ論文で、産業化の直前にあたる各国の数字を並べています。

国・地域対象単位ジニ土地なし
中国1930年代土地農村世帯0.35–0.4317–33%
日本1647–1872土地農村世帯0.5716%
ドイツ1800不動産農村世帯0.53
イングランド1720–1850土地農村成人男性0.7–0.940–60%
フランス1825土地農村世帯0.71
スウェーデン1750資産農村世帯0.7250.4%
中部イタリア1700–99不動産農村世帯0.75
北西イタリア1700–99不動産農村世帯0.77
北東イタリア1750不動産農村世帯0.79
デンマーク1789資産農村世帯0.8759%
フィンランド1800資産農村成人男性0.8771%
北スペイン1749–59土地全世帯0.87

イングランドの農村では、4割から6割が土地を持っていません。フィンランドでは7割です。デンマークのジニ0.87は、ごく一部がほとんど全部を持っている状態を指します。

日本の85%が土地持ちというのは、他の国と比べるとかなり違います。

表を読むときの注意

この表は、国によって調べているものが違います。

  • 「土地」を見ている国と、「不動産」(建物を含む)、「資産」(金融資産まで含む)を見ている国が混ざっています
  • 対象も「農村世帯」と「農村成人男性」が混ざっています
  • イタリア・ドイツ・フランスの数字は、財産を持たない人を除いて計算されているものがあります(除くとジニは低めに出ます)

ですから、小数第2位を比べて順位を論じるのは無理があります。「日本は0.5台、西欧は0.7〜0.9」という大きさの違いを見るのが、正しい読み方です。

公文氏自身も、比較にはこの限界があると書いたうえで、土地を持たない世帯の割合のほうが定義のブレが小さいとして、そちらを重く見ています。日本16%に対し、西欧は50%前後から71%まで。この差なら、定義の違いでは説明がつきません。

ドイツだけは日本より平等

正確に書いておきます。ドイツ(1800年・0.53)は、日本の0.57より平等です。

日本が世界一だったわけではありません。

公文氏は、ドイツが平等なのは度重なる戦乱で資産が壊れた結果だと説明しています。三十年戦争をはじめ、ドイツの土地は繰り返し戦場になりました。

壊されて平らになった土地と、壊されずに平らだった土地は、同じ数字でも中身が違います。

中国はさらに平等

東アジア側も見ておきます。中国の1930年代は、ジニ0.35〜0.43、土地を持たない世帯が17〜33%。日本よりさらに平等です。

西欧は土地を持たない労働者の社会へ、東アジアは土地を持つ百姓の社会へ。公文氏はこの対比をそうまとめています。

どちらかが途中で道を外れたわけではありません。何百年もかけて、別々の方向へ進んだ結果でした。


5. 推計の頑健性

「都合のいい計算をしたのではないか」という疑いは当然あります。公文氏は計算方法を変えた場合の数字も出しています。

計算方法ジニ
本推計(村・年代と世帯数でウェイト付け)0.57
村ごとに同じ重みを与える0.59
後方投影による予測値のみを使う0.54
漁業が主産業の沿岸村も含める0.58
村の外の土地を全部いちばんの金持ちのものとみなした上限0.64

いちばん厳しく見積もった上限でも0.64です。イングランドの0.7〜0.9には、どう計算しても届きません。

最後の行を補足します。この推計は村の中の土地しか見ていないため、村の外に土地を持っていた分が抜けています。データのある47か村で調べると、村の土地の平均15%が村外の人の持ち物でした。

そこで、村外の土地は全部その村でいちばんの金持ちが持っていたものとして計算し直すと、0.64になります。現実にはそこまで偏っていないはずなので、実際の数字はこれより低くなります。


6. 武士の給料

脇道になりますが、面白い数字があります。

武士は兵農分離によって土地を持ちませんでした。城下町に住み、藩から給料(俸禄)をもらう身分です。

その給料は、平均的な百姓より2割ほど多いだけでした。都市の大工や畳職人と同じ水準です。

刀を差して身分は上でも、懐は職人と変わらなかったことになります。

※ これは公文氏が引用している斎藤修氏の研究(2015年)による数字で、私は原典まで当たっていません。孫引きであることをお断りしておきます。


7. 理由は養子だった

ここからが本題です。日本の村は、なぜ平等を保てたのか。

公文氏の答えは養子です。

家が絶えないという仕組み

跡取りの男子が生まれなかった家は、養子を取りました。婿養子でも、親族の子でも構いません。とにかく家を継がせ、土地は家に残ります。

その結果、日本で家が絶えて土地が他家へ移るのは、1世紀あたり10%にとどまりました。

イングランドは違います。養子という手段がほとんど使われなかったため、男系が絶える家が1世代あたり25%以上ありました。1200年から1800年まで、ずっとです。

絶えた家の土地はどこへ行くか

家が絶えると、土地は遺言か、相続人になった娘の結婚を通じて他家へ渡ります。

そして裕福な相続人の娘は、裕福な男と結婚しました。

公文氏の論文は、ヴァーニー家という一族の例を挙げています。17世紀から、3代続けて長男が相続人の娘と結婚して大きくなった家です。しかも最初から情のある結婚だった証拠はない、と書き添えられています。

土地が、絶えた家から出て、すでに土地を持っている家に流れ込む。これが何世代も続きました。

日本では、その流れが養子でせき止められていたことになります。

逆向きの働き

養子には、反対方向の働きもありました。

日本の相続は、長男が単独で継ぐ形が主流です。放っておけば、次男や三男は土地なしになります。

ところが彼らは、跡取りのいない他家へ養子に入っていきました。

土地を失う側と、土地を必要とする側が、養子で打ち消し合う。だから土地なしの世帯が増えなかった、という説明です。


8. 養子以外の説明は成り立つのか

理由が養子ひとつというのは、話がうますぎる気もします。公文氏はそこを確かめています。

第一に、子どもの生まれ方です。日本の村の有力者とイングランドの地主層で、出生のしかたに大きな差はありませんでした。つまり養子がなければ、日本でも同じくらいの割合で家が絶えていたはずです。

第二に、相続の形です。日本もイングランドも、長男が単独で継ぐのが基本でした。この形だと、放っておけば土地は偏っていきます。日本のほうが不平等になっていてもおかしくありませんでした。

条件はだいたい同じで、養子の有無だけが違った。差はそこにしかありません。

なお、養子が跡取りを確保するために使われていたことも、統計で確かめられています。男子がいない家ほど養子を取る確率が高く、しかもそれは「第一子の性別」を使った検証でも成り立ちました。


9. 4世紀の教会

公文氏はさらに遡ります。

4世紀まで、養子はユーラシア大陸のあちこちで使われていました。古代の東アジアでも、古代ギリシャ・ローマでも、跡取りがいないときの備えとして機能しています。

変わったのは4世紀からです。教会が養子に反対する方向へ動きました。

1600年前の教会の方針が、19世紀の土地の分布に効いている。ずいぶん遠い話ですが、公文氏はそこまで遡って説明しています。


10. この数字で言えないこと

ここがいちばん大事なところかもしれません。使える範囲を間違えると、数字が嘘になります。

武士と大名は入っていない

公文氏の分析に武士は含まれていません。武士は土地を持たない給与所得者なので、土地の分布を測る話からは外れます。

ただし、6章の数字がここで意味を持ちます。武士の給料は百姓の2割増程度でした。仮に武士を混ぜても、分布が大きく変わる額ではありません。

大名と将軍は話が別です。そこは測られていません。

年貢は入っていない

公文氏が測っているのは、年貢を納めた後に手元に残る土地の値打ちの分布です。村の中で誰がどれだけ持っていたか、という話に限られます。

領主が全体からいくら吸い上げていたかは、この数字には出てきません。

村の中の格差と、身分をまたいだ格差は、別のものとして扱う必要があります。

農村だけである

対象は584か村、すべて農村です。江戸や大坂の町人の格差は入っていません。

当時の人口の大半は農村にいましたが、都市を含めた日本全体の姿ではありません。

資産の分布であって、所得の分布ではない

現代日本の可処分所得のジニ係数は0.338(2021年、OECD)です。江戸の0.57のほうが高いことになります。

ただし物差しが違います。0.57は土地という資産の分布で、0.338は所得の分布です。

資産の分布は、どの国でもどの時代でも所得の分布より偏ります。所得は毎年ゼロから配り直されますが、資産は積み上がるからです。比べるなら資産どうしにしないと意味がありません。


11. 平等だったから、貧しかった

ここまで読んで、いちばん引っかかるのは次の点だと思います。

平等でも、全員が貧しければ意味がないのではないか。

これには、公文氏自身の別の研究が答えを出しています。

「How Equality Created Poverty in Pre-industrial Japan」という論文です。2026年4月に American Economic Journal: Applied Economics に掲載されました。

そこで示されているのは、江戸時代の日本の実質賃金が、産業化前のイングランドの半分ほどしかなかったという事実です。

そして公文氏は、その貧しさの原因が平等そのものにあったと論じています。

平等が人口を増やし、人口が賃金を下げた

理屈はこうです。

土地が広く分けられていれば、多くの人が家を持ち、所帯を持てます。所帯が持てれば、子どもが生まれる。人が増えれば、一人あたりの土地は減る。土地が減れば働き手が余り、賃金は下がります。

イングランドでは、土地を持てない層が結婚をあきらめるか遅らせました。人口の増え方が抑えられ、一人あたりの土地は減りません。だから賃金が高いままでした。

そしてその高い賃金が、機械で人手を置き換える動機になり、産業革命につながっていきます。

平等だったから人口が増え、人口が増えたから貧しくなった。日本の異例な平等が、工業化の遅れにつながった可能性がある、というのが公文氏の見立てです。

生まれた子の4人に1人

暮らしの実態を示す数字もあります。

同じ時期の日本では、生まれた子の25%が1歳までに亡くなっていました(1776年から1815年)。この数字が5%まで下がるのは1950年代初め、0.4%になるのは現在です。

土地は行き渡っていました。しかし、子どもは4人に1人が最初の1年を越えられませんでした。

平等な社会が良い社会だとは限りません。「江戸は良かった」という話ではありません。分布の形の話です。


12. 370年後の日本

最後に、いまの数字と並べてみます。

上位10%が持つ割合
江戸の村(1647–1872、農村世帯の土地)43%
日本(2019年、全世帯の純資産)47.3%

ほとんど動いていません。

この比較の粗さについて

念のため書いておくと、この2つも同じ物差しではありません。

  • 江戸は農村世帯の土地で、借金を引いていません
  • 現代は全世帯の純資産で、住宅ローンを引いた後の数字です
  • 江戸は農村限定、現代は全国です

そのうえで、なぜ「上位10%」で揃えたのかを説明します。

下位40%で比べると、江戸7%に対して現代1.2%となり、江戸のほうが平等という結果になります。ところがこれは見かけです。現代の下位層には、住宅ローンを組んだばかりで純資産がマイナスの世帯が混じっています。借金を引かない江戸の数字と比べると、下側だけが不当に低く出ます。

上位10%は、負債の影響がほとんどありません。だから比較に耐えます。

それでも粗いことに変わりはありません。上位1割が全体の4割強を持つという形が、370年たっても同じあたりにある。この言い方にとどめておきます。


13. 幕府が長く続いた理由

調べてみて思ったことが2つあります。ここからは私の見立てです。

ひとつ。幕府が260年以上も続いたのは、この平等さと関係があるのではないかと思います。

村の85%が土地を持っていました。持っている人間は、体制がひっくり返ることを望みません。失うものがあるからです。土地を持たない者が人口の半分を占める社会のほうが、ずっと不安定になります。

実際、幕府を倒したのは百姓ではありませんでした。外から来た船と、それに反応した武士たちです。

もうひとつ。外との行き来を絞っていたことが効いていると思います。

鎖国といっても、完全に閉じていたわけではありません。長崎でオランダと中国、対馬で朝鮮、薩摩で琉球、松前でアイヌ。この四つの窓口は開いたままでした。いまの教科書はこれを「四つの口」と呼び、鎖国という言い方自体を見直しています。

それでも、外から人や制度が大量に流れ込むことはありませんでした。新しい仕組みが入ってこなければ、土地の分け方も、村の決まりも、そのまま残ります。230年間ジニ係数が動かなかったのは、それと無関係ではないでしょう。

そして残ったのは、土地の分布だけではありませんでした。

いまインバウンドで日本の文化の独自性が面白がられています。元をたどれば、あの長い鎖国に行き着くと思っています。

平等だったから長く続いた。長く続いたから、独自のものが残った。


14. 次回

江戸の平等は、明治で終わります。

1938年の日本では、上位1%の人が国民所得の20%を得ていました。同じころのアメリカ、フランス、ドイツはいずれも15%前後です。

産業化した日本は、欧米より格差の大きい国になりました。

次回はその話です。


数字の出典

江戸期の土地分布、地域別データ、国際比較、頑健性、養子の分析
公文譲の論文(Journal of Economic History 掲載決定)
“Adoption, Inheritance, and Wealth Inequality in Pre-industrial Japan and Western Europe”

実質賃金と平等の関係
公文譲の論文(American Economic Journal: Applied Economics, 2026年4月, vol.18 no.2, pp.147–176)
“How Equality Created Poverty in Pre-industrial Japan, 1600–1870”

武士の所得
上の論文が引く斎藤修(2015)。孫引きです

乳児死亡率
Milanovic, Lindert & Williamson “Measuring Ancient Inequality”(NBER Working Paper 13550)
※ この論文の推計対象に日本は入っていません。乳児死亡率の記述のみを引いています

現代日本の純資産シェア
OECD Wealth Distribution Database(2019年)

現代日本の可処分所得ジニ係数
OECD Income Distribution Database(2021年)


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やっしー隊長

※本記事は2026年8月時点の公開情報に基づきます。

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この記事を書いた人

不動産投資歴15年超 / 大家さん学びの会名古屋 支部代表 / AI 開発者 / 著書「FIREできる不動産投資3つのルール」(45才からいきなり始めて成功できる)。本名: 岡本 康 (ブルー・ソリューションズ株式会社 代表)。中立的立場で生成 AI ツール・不動産投資サービスをレビュー。

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