日本の格差が過去最大になったのは、金持ちが増えたからではなかった理由

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やっしー隊長です。

三年に一度、同じ見出しがニュースに出ます。

日本の所得格差が過去最大になった、という見出しです。

去年も聞きました。その前も聞いた気がします。

聞くたびに、上のほうの誰かの稼ぎが伸びた話だと思っていました。株で当てた人とか、会社を売った人とか、そういう話だと。

もとになっているのは、厚生労働省の所得再分配調査という、四十九ページの報告書です。

過去最大というその数字の隣に、もうひとつ数字が並んでいます。こちらはほとんど動いていません。

三十三年前と、ほぼ同じ数字でした。


目次

1. ここまでの3回で分かっていること

この連載は、江戸から令和までの日本の格差を、時代順に追っています。

第1回 ―― 江戸の農村は、イギリスより平等だった

584か村の土地台帳から、江戸の村では85%の家が田畑を持っていたことが分かっています。上の一割が持っていたのは、田畑の43%でした。同じころのイギリスやフランスより、平等な社会でした。

第2回 ―― 戦前の日本は、アメリカより格差が大きかった

1938年、上位1%が国じゅうの稼ぎの19.9%を取っていました。同じころのアメリカ・フランス・ドイツは約15%です。日本のほうが大きかった。そして上位1%の所得の約半分は、給料ではなく地代・利子・配当でした。

第3回 ―― 平等になったのは、GHQの改革より先だった

1938年に19.9%だった上位1%の取り分は、1945年に6.4%まで落ちます。財閥解体も財産税も農地改革も、全部そのあとに来ました。落としたのは戦時統制と空襲で、改革がやったのは戻れなくすることでした。

そのあと、上位1%の取り分は40年以上7〜8%台のまま動きません。

四十年動かなかったものが、1990年代から動きはじめます。


2. 四つの言葉の意味

数字に入る前に、言葉を開いておきます。

ジニ係数

差の大きさを、0から1のあいだの数字で表したものです。0に近いほど、みんなの額がそろっています。1に近いほど、差が大きいという意味です。

全員が同じ額なら0、ひとりが全部持っていれば1です。

この調査は、ひとつの世帯のお金を三回に分けて数えます。

当初所得 ―― 税金を引く前、年金をもらう前

給料と商売のもうけを足しただけの額です。税金も社会保険料も引いていません。年金ももらう前の額です。

公的年金は、ここに入りません。この一点が、今回の話のほとんどを決めます。

ニュースの見出しになるのは、この一回目のジニ係数です。

可処分所得 ―― 財布に入るお金

当初所得から税金と社会保険料を引いて、そこに年金などの現金給付を足した額です。

財布に入って、実際に使えるのがこの額です。世間でいう手取りは、ここを指します。

再分配所得 ―― 医療と介護を足したもの

可処分所得に、医療・介護・保育の現物給付を足した額です。

現物給付というのは、病院や介護の窓口で払わずに済んでいる分のことです。財布には入りません。

ですから再分配所得は、財布に入る額より大きくなります。第5節から出てくる0.3825というジニ係数は、この三回目のものです。

⚠️ 三回目を「手取り」とは呼びません。手取りにあたるのは、二回目の可処分所得のほうです。

相対的貧困率

まん中の世帯の手取り(等価可処分所得の中央値)の半分に届かない人が、全体のどれだけいるかという割合です。その半分の額を貧困線といいます。2024年の貧困線は138万円でした。


3. 一億総中流が終わった年

まず、第3回から続けてきた上位1%の取り分です。

いちばん上の1%の人たちが、国じゅうの稼ぎのうち何%を持っていくかという数字です。

上位5%上位1%
194718.5%7.36%
195518.9%6.91%
197021.1%8.19%
198020.1%7.16%
198520.3%7.03%
198921.7%7.90%
199021.8%8.05%
199521.5%7.30%
200023.5%8.22%
200224.6%8.65%
20059.2%

大事なのは一行ずつの数字ではありません。1947年から1989年まで、40年以上ずっと7〜8%台に収まっていたことです。この間に日本の経済は何倍にもなりました。それでも取り分は動きませんでした。

動きはじめるのは1990年代の後半でした。2005年の9.2%は、1947年以降でいちばん高い数字になります。

一億総中流が終わった年を数字で答えるなら、1990年代の後半です。

バブルが崩れたのは1991年でした。そこから数年、この数字は動いていません。1995年にはむしろ下がっています。終わったのは、バブルが崩れたその時ではなく、少しあとでした。

ただし、戦前の半分にも戻っていません

9.2%という数字には、続きがあります。

第2回で書いた1938年の日本では、上位1%が19.9%を取っていました。

9.2%は、その半分以下です。

格差社会という言葉がよく出ていたころの日本も、上位1%の取り分でいえば、戦前の日本とはまるで違う国のままでした。


4. 上位1%の取り分は、2005年より先がありません

ここで、この連載がずっと使ってきた数字が途切れます。

第1回から追ってきた上位1%の取り分は、1885年から2005年まで、同じやり方で数えたものがあります。森口千晶さんとEmmanuel Saezさんの研究です。江戸のあとの日本を百二十年ぶん続けて見られるのは、そのおかげでした。

その数字は2005年で終わります。

公表されているものがそこまでで、そのあとを同じやり方で数えたものは見当たりません。WID.worldというデータベースにはこの種の系列がありますが、私の環境からは接続できませんでした。OECDや Our World in Data にある日本の系列は3点しかなく、しかも定義が違います。

ですので、令和の格差はこの数字では答えられません。

ここから先は、別の調査を使います。厚生労働省の所得再分配調査です。1990年から2023年まで、三十三年ぶんが同じ調査でそろっています。

数え方は、ここで変わります。同じ物を測り続けているわけではありません。


5. 稼ぎの差は、たしかに開きました

所得再分配調査のジニ係数は、次のとおりです。

調査年当初所得のジニ再分配所得のジニ改善度
1990(平成2)0.43340.364315.9%
1993(平成5)0.43940.364517.0%
1996(平成8)0.44120.360618.3%
1999(平成11)0.47200.381419.2%
2002(平成14)0.49830.381223.5%
2005(平成17)0.52630.387326.4%
2008(平成20)0.53180.375829.3%
2011(平成23)0.55360.379131.5%
2014(平成26)0.57040.375934.1%
2017(平成29)0.55940.372133.5%
2021(令和3)0.57000.381333.1%
2023(令和5)0.58550.382534.7%

左の列がニュースの見出しになるほうです。

1990年の0.4334から、2023年の0.5855へ。三十三年で0.15上がりました。過去最大というのは、この列のことです。

急に上がったのは1996年から1999年にかけてで、上位1%が上がりはじめた時期と重なります。


6. 税と年金を通したあとの差は、開いていません

同じ表の、まん中の列を見てください。

1990年 0.3643 から、2023年 0.3825 へ。三十三年で0.018しか動いていません。

報告書の記述です。

ジニ係数の変化を時系列で見ると、当初所得では概ね上昇傾向であるが、社会保障を中心とした所得再分配機能により、再分配所得では平成11年以降0.38前後と横ばいで推移している。

稼ぎの差は開きました。通したあとの差は開きませんでした。同じ調査の、同じ年の、隣り合った二つの列がそうなっています。

そして右の列、改善度です。税金と社会保険料を引いて、年金と医療を足す。この出し入れで差がどれだけ小さくなったかを表します。

1990年の15.9%から、2023年の34.7%へ。三十三年で倍以上になりました。差を小さくする力のほうが、強くなっています。


7. 10世帯のうち3世帯が、年100万円に届かない

では、当初所得の差をここまで大きくしたのは誰なのか。

所得の高さごとに世帯を分けた数字があります。

年100万円に届かない世帯平均額
当初所得で数えたとき30.4%384.8万円
再分配所得で数えたとき1.2%467.7万円

十世帯のうち三世帯が、税金を引く前では年に100万円も稼いでいません。三回目で数え直すと、1.2%まで減ります。

30.4%と1.2%は、別の人たちの話ではありません

同じ調査の、同じ世帯を、数え方を変えて数えた結果です。

年金だけで暮らしている高齢のご夫婦を思い浮かべてください。もう働いていません。給料もありません。商売もしていない、年金だけの世帯です。

一回目の数え方では、この家の所得は0円になります。年金は一回目に入れない決まりだからです。

二回目で、年金を足します。仮に年に200万円の年金があれば、この家は200万円です。

一回目で「年100万円に届かない家」に数えたこの家は、二回目では100万円を超えます。ですから30.4%から外れて、1.2%のほうには入りません。

減った29.2ポイントは、貧しさから抜け出した世帯ではありません。最初から年金で暮らしていた世帯です。一回目の数え方が、その年金を数えていなかっただけです。


8. では、年100万円でどうやって暮らしているのか

年に100万円では、生活保護の水準です。

報告書には、世帯の型ごとに分けた数字もあります。四つの型は、次のとおりです。

総数高齢者世帯母子世帯その他の世帯
世帯数3,0031,232271,744
世帯人員数2.09人1.52人2.22人2.49人
当初所得384.8万円107.8万円272.4万円582.1万円
可処分所得405.9万円263.7万円267.9万円508.4万円
再分配所得467.7万円338.4万円287.7万円561.9万円
再分配係数+21.6%+213.8%+5.6%−3.5%

高齢者世帯は3,003世帯のうち1,232世帯、全体の41%です。世帯人員は平均1.52人でした。ひとり暮らしか、夫婦だけの世帯が中心です。

財布に入るのは263.7万円、月あたり22万円です

高齢者世帯のお金の出入りは、次のようになります。

高齢者世帯の平均
当初所得107.8万円
+ 年金・恩給193.8万円
− 税金20.7万円
− 社会保険料19.8万円
= 可処分所得(財布に入るお金)263.7万円

月にならすと22万円です。

年100万円で暮らしているように見えて、実はそうではない部分がここです。当初所得107.8万円というのは年金を数える前の額で、年金を足したあとの可処分所得は263.7万円あります。

生活保護とも違います。生活保護を受けている人は、いちばん多かった2011年でも207万人、人口の1.6%でした。3割でも4割でもありません。

財布に入らないお金が、もう74万円あります

高齢者世帯には、もうひとつ足されるものがあります。

受給の内訳高齢者世帯構成割合
年金・恩給193.8万円71.5%
医療54.8万円20.2%
介護19.8万円7.3%
その他2.7万円1.0%
受給合計271.1万円100.0%

医療54.8万円と介護19.8万円は現物給付といいます。お金として受け取るのではなく、病院や介護の窓口で払わずに済んでいる分です。財布には入りません。

可処分所得263.7万円に、この74.6万円を足した338.4万円が、この連載でずっと使ってきた再分配所得になります。

使えるお金は263.7万円で、338.4万円ではありません。統計の再分配所得には、財布に入らないものが含まれています。

高齢者世帯で、差はいちばん大きく縮みます

世帯の型ごとにジニ係数を出すと、こうなります。

当初所得のジニ再分配所得のジニ改善度
総数0.58550.382534.7%
高齢者世帯0.73580.361150.9%
母子世帯0.34850.267423.3%
その他の世帯0.42970.355517.3%

高齢者世帯の0.7358は、全体の0.5855よりずっと大きい数字です。働いている高齢者と、年金だけの高齢者が混ざるからです。

それが再分配後には0.3611まで下がります。改善度50.9%は、世帯の型のなかでいちばん大きい数字です。

日本の格差を数えるとき、いちばん激しい上がり方と、いちばん大きい縮み方が、同じ場所で起きています。

※ 母子世帯は調査に27世帯しか入っていません。母子世帯の平均額とジニ係数を単独で断定することはできません。第13節では再分配係数の桁の違いだけを取っています。

※ 「当初所得100万円未満が30.4%」と「高齢者世帯が41.0%」は別の切り口です。足し引きはできません。


9. 働き盛りの世帯は155万円減り、75歳以上の世帯は256万円増える

世帯主の年齢ごとに分けた数字もあります。同じ世帯の、一回目と三回目の額が並びます。

世帯主の年齢世帯数当初所得再分配所得増減
総数3,003384.8万円467.7万円+21.6%
29歳以下88305.5万円265.0万円−13.3%
30〜34歳64488.2万円424.7万円−13.0%
35〜39歳90686.8万円563.0万円−18.0%
40〜44歳133693.3万円583.1万円−15.9%
45〜49歳161675.6万円563.2万円−16.6%
50〜54歳260778.6万円623.7万円−19.9%
55〜59歳236682.6万円587.2万円−14.0%
60〜64歳269535.9万円509.6万円−4.9%
65〜69歳373310.3万円462.2万円+48.9%
70〜74歳455213.3万円411.6万円+93.0%
75歳以上873130.7万円386.7万円+195.9%

働き盛りの50代前半は、778.6万円が623.7万円になります。155万円減ります。税金と社会保険料を払う側だからです。

75歳以上は、130.7万円が386.7万円になります。256万円増えます。ほぼ3倍です。

65歳のところで向きが変わります。65歳より下は減るほう、65歳以上は増えるほうになります。

75歳以上の世帯は、調査した3,003世帯のうち873世帯ありました。全体の29.1%です。65歳以上まで広げると1,701世帯で56.6%、半分を超えます。

年100万円に届かない世帯が30.4%というのは、この年齢の並びと大きさが合います。

ただし、100万円に届かない世帯を年齢で分けた数字は報告書にありません。30.4%が全員高齢者だ、とまでは言えません。

うちの入居者にも、高齢の人が増えています

2010年に買いはじめたころと比べると、入居者に高齢の方が増えている気がします。うちは単身者向けの部屋が多いです。孤独死も、そういう部屋で起きました。

統計の「世帯主が75歳以上・当初所得130.7万円」という行は、私の物件では顔のある入居者です。


10. 年齢が上がるほど、当初所得の差は大きくなる

年齢ごとのジニ係数もあります。こちらは世帯員ひとりずつを単位にした数字です。

世帯員の年齢当初所得のジニ再分配所得のジニ
総数0.50370.3163
0〜4歳0.30080.2587
20〜24歳0.36690.3255
30〜34歳0.31090.2745
40〜44歳0.33020.2471
50〜54歳0.37580.3047
60〜64歳0.44560.3550
65〜69歳0.54450.3106
70〜74歳0.62490.2926
75歳以上0.72010.3534

報告書の説明です。

等価当初所得は60歳未満では概ね0.3〜0.4程度で安定しているが、60歳以上では0.4を超え、年齢が上がるにつれ徐々に上昇している。一方、等価再分配所得はいずれの年齢階級でも概ね0.3前後で安定している。

若い層は0.3前後で、みんなの額がそろっています。年齢が上がるほど左の数字が大きくなって、75歳以上では0.7201になります。

働いている高齢者と、年金だけの高齢者が、同じ層に混ざるからです。80歳で会社の役員をしている人と、80歳で年金だけの人が、同じ行に入るためです。

右の数字は、どの年齢でも0.3前後にそろっています。

ですから高齢者が増えるだけで、当初所得のジニ係数は上がります。誰も金持ちにならなくても上がる、ということです。

※この表は世帯員ひとりずつを単位にした等価所得のジニなので、第5節の世帯単位の0.5855・0.3825とは別の系列です。並べて増減を語ることはできません。


11. 高齢化を除くと、当初所得の上がり方は半分以下です

厚生労働省は、その分を計算しています。

2023年の調査に出てきた世帯を、2021年の調査と同じ年齢の構成になるように重みをつけ直して、ジニ係数を出し直した試算があります。報告書の原文です。

令和5年調査において、世帯主の年齢5歳階級別の世帯の構成割合が令和3年調査の割合と同一になるようなウエイト付けをしてジニ係数を算出したもの。

2021年 実測2023年 実測2023年 試算(年齢をそろえた場合)
当初所得のジニ0.57000.58550.5765
再分配所得のジニ0.38130.38250.3775

二年で当初所得のジニ係数は0.0155上がりました。年齢の構成を前回と同じにそろえると、0.0065しか上がりません。

差の0.0090、つまり六割ぶんが、世帯の高齢化でした。

通したあとのほうは、もっとはっきりしています。年齢をそろえた値は0.3775で、2021年の0.3813を下回りました。高齢化の分を別にすれば、通したあとの差はむしろ縮んでいます。

背景は世帯の構成です。世帯主が65歳以上の世帯は、2021年に55.2%、2023年に56.7%へ増えました。

差を小さくしているのは、税ではありません

改善度の内訳も出ています。

調査年社会保障による改善度税による改善度再分配による改善度
2011(平成23)28.3%4.5%31.5%
2014(平成26)31.0%4.5%34.1%
2017(平成29)30.1%4.8%33.5%
2021(令和3)29.8%4.7%33.1%
2023(令和5)31.6%4.4%34.7%

年金と医療と介護が、ほとんど一手に引き受けています。税による改善度は、三十三年のあいだ4%から5%のあいだで動いていません。

※三つの数字は足し算の関係にはありません。それぞれ別に計算されたものです。


12. まん中の手取りは、27年で46万円減りました

差は開きませんでした。ただし、まん中そのものは下がっています。

まん中の世帯の手取りを、物価の上がった分を除いて、2024年のお金に直した額です。

名目実質(2024年の価格)四人家族に換算
1985216万円274万円548万円
1991270万円310万円620万円
1997(ピーク)297万円323万円647万円
2000274万円299万円599万円
2006254万円283万円566万円
2012244万円275万円549万円
2015244万円264万円528万円
2018253万円270万円541万円
2021254万円276万円552万円
2024277万円277万円554万円

1997年から二十七年で46万円減っています。四人家族に換算した額なら93万円の減です。

いまの水準は、1985年の274万円とほとんど同じでした。三十九年かけて元に戻った形です。

直近3年で見ると、名目では2021年254万円から2024年277万円へ23万円増えています。ただし同じ期間の物価が8.75%上がっているので、実質では0.28%しか増えていません。増えた23万円のうち22万円は物価です。

同じ0.38のジニ係数でも、まん中が647万円の国と554万円の国では、下にいる人の暮らしが違います。

平成から令和にかけて日本に起きたのは、差が開いたことよりも、まん中が下がったまま差が動かなかったことでした。

計算のしかた

四人家族への換算は、等価可処分所得に√4(=2)を掛けています。等価可処分所得は世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割った値なので、掛け戻す形です。

実質化は、名目値に「2024年の消費者物価指数 ÷ その年の消費者物価指数」を掛けています。指数はWorld Bankの系列を使い、OECDの系列と2021→2024の上昇率が一致すること(どちらも+8.75%)を確認しました。

2018年から国際基準の改定で新基準になっています。2018年は旧基準253万円と新基準248万円の両方が公表されているので、その比0.980で2018年以前を新基準にそろえました。この補正をかけないと、下落幅を7万円ほど大きく見せてしまいます。


13. ひとり親の家だけが、下がっていません

差のほうは、開くのではなく、相手が変わっています。

貧困率は2018年から国際基準の改定で数え方が変わりました。新旧をまたいだ増減は語れませんので、二段に分けます。

旧基準(1985〜2018年)

相対的貧困率子どもの貧困率中央値貧困線
198512.0%10.9%216万円108万円
199113.5%12.8%270万円135万円
199714.6%13.4%297万円149万円
200314.9%13.7%260万円130万円
200916.0%15.7%250万円125万円
201216.1%16.3%244万円122万円
201515.7%13.9%244万円122万円
201815.4%13.5%253万円127万円

上がり続けて、2012年で頭打ちになりました。

新基準(2018〜2024年)

201820212024
相対的貧困率15.7%15.4%15.0%
子どもの貧困率14.0%11.5%11.0%
子どもがいる現役世帯13.1%10.6%9.0%
うち大人が2人以上11.2%8.6%6.7%
うちひとり親48.3%44.5%44.7%
中央値248万円254万円277万円
貧困線124万円127万円138万円

そろって下がっています。子どもの貧困率は六年で3ポイント下がりました。子どもがいる現役世帯は13.1%から9.0%へ、大人が2人以上いる世帯は11.2%から6.7%へ。

ひとり親だけが止まっています。44.5%から44.7%。

同じ子どもがいる世帯でも、大人が2人以上いれば6.7%、ひとりなら44.7%になります。六倍以上の開きです。

2024年の貧困線は138万円でした。四人の世帯なら276万円で、月あたり23万円です。

再分配が届いている先が違います

なぜひとり親だけ動かないのか。第8節の数字に、手がかりがあります。

税金と社会保険料を引いて、年金などを足したあとで、世帯の所得が何%増えたか。これを再分配係数といいます。

世帯の型再分配係数
高齢者世帯+213.8%
母子世帯+5.6%
その他の世帯−3.5%

高齢者世帯は3倍を超えます。母子世帯は5.6%しか増えません。

母子世帯が受け取っているものの内訳は、年金・恩給が22.4%で、55.2%は児童扶養手当などの「その他」でした。高齢者世帯は年金・恩給だけで71.5%です。

日本の再分配は、高齢者に向いています。ひとり親には、ほとんど届いていません。

ひとり親の貧困率が44.7%から動かないことと、この数字は合います。

※ 母子世帯は27世帯しかありません。額そのものは動きやすいので、ここでは桁の違いだけを見ています。

平成のあいだ、格差は上位1%とそれ以外の話でした。令和のいまは、世帯の形で分かれています。


14. この数字で言えないこと

高齢化で説明がつくなら、格差は広がっていないのか

決着していません。

大竹文雄『日本の不平等 ── 格差社会の幻想と未来』が主な理由として挙げるのは、高齢化と、ひとり暮らしの世帯が増えたことです。同じ年齢の人のなか、同じ学歴の人のなかでは差は広がっていない、という立場です。

森口千晶さんは阿部彩さんの個票分析を引いて、男女ともほぼ全年齢で貧困率が上がっており、2000年代は20歳から24歳で特に大きいと反論しています。

どちらも数字を持っています。どちらかに決まったという話は、まだありません。

第11節の試算は、報告書に載っているものをそのまま引いたものです。ただしあれは「2021年から2023年の二年ぶん」の話であって、三十三年ぶん全部が高齢化で説明できるという意味ではありません。

通したあとの差が開いていないなら、暮らしは苦しくなっていないのか

差の話と、額そのものの話は別です。第12節のとおり、まん中の世帯の手取りは1997年から46万円減っています。

差が動かないことと、暮らしが楽なことは、同じではありません。

非正規が四割近い。それは格差ではないのか

非正規雇用の割合です。

男女計男性女性
198415.3%7.7%29.0%
199020.2%8.8%38.1%
200026.0%11.7%46.4%
201034.4%18.9%53.8%
201938.2%22.8%56.0%
202436.8%22.5%52.6%
202536.5%22.3%52.0%

1984年の15.3%から2019年の38.2%まで上がって、そこから少し下がっています。

ただし1985年から2015年にかけて増えた分の約七割は女性でした。正社員の配偶者がいる世帯の二人目の稼ぎ手であれば、世帯どうしの差はむしろ縮みます。男性のほうも、定年後の再雇用が増えた分が入っています。

ですから「非正規が増えた、イコール格差が広がった」とは書けません。

そのうえで、世帯の単位で見ると差がはっきり出ます。

世帯主20〜64歳貧困率
正規5%
非正規21%
無業46%

貧困の世帯の54%は、非正規で働く世帯です。

給与の額でも差が出ています。2024年分の民間給与実態統計調査では、正社員545万円に対して正社員以外206万円。差は339万円でした。

相対的貧困率は「6人に1人」ではないのか

調査によって5ポイントほど違います。国民生活基礎調査では2009年16.0%、全国消費実態調査では同じ年が10.1%でした。「6人に1人」と「10人に1人」が両方成り立ちます。

国際比較に出てくるのは前者です。ですので「何人に1人」という言い方はしていません。

平均給与478万円と中央値277万円を並べないのか

並べられません。前者は個人の給与(税引き前・給与のみ)、後者は世帯の等価可処分所得(税引き後・年金などを含む)です。別の数え方なので、並べると誤りになります。

2006年以降の上位1%の取り分

第4節のとおり、公表されている系列は2005年で終わっています。令和の上位所得シェアは、この連載では空欄のままです。

1962年から1987年までのジニ係数

厚生労働省の白書のバックデータで取れたのは1990年からでした。「1962年の調査開始以来最大」という表現は、厚生労働省と報道の表現をそのまま引く形になっています。私自身は1990年より前の数字を確認していません。

江戸の数字と直接は比べられません

第1回の江戸のジニ0.57は、村のなかで田畑がどう分かれていたかという資産の分布です。今回の0.3825は所得の分布なので、直接は比べられません。

比べられるのは、上の一割が持っている割合のほうです(第15節)。


15. 上の一割が四割を持つ形は、江戸から変わっていません

比べられる形にすると、こうなります。

上位10%が持つ割合
江戸(1647〜1872年・農村世帯の土地)43%
日本(2019年・全世帯の純資産)47.3%

三百七十年たっても、上の一割が全体の四割強を持つ形は変わっていません。平成の三十年で動いたものでもありませんでした。

※下位40%(江戸7% → 2019年1.2%)は比べません。現代の純資産は住宅ローンを引いたあとなので、マイナスの世帯が混じります。


16. 使った数字の一覧

数字出どころ
上位1%の取り分1947年7.36% → 1989年7.90%(40年以上7〜8%台)→ 2005年9.2%森口・Saez
戦前との対比1938年19.9%。戦後最高の9.2%はその半分以下
当初所得のジニ1990年0.4334 → 2023年0.5855(調査開始以来最大)厚労省 所得再分配調査
再分配所得のジニ1990年0.3643 → 2023年0.3825
改善度15.9% → 34.7%
改善度の内訳(2023年)社会保障31.6% / 税4.4%
平均当初所得/再分配所得384.8万円(前回比−9.1%)→ 467.7万円(前回比−7.2%)
年100万円未満の世帯当初所得30.4% → 再分配所得1.2%
世帯主50〜54歳778.6万円 → 623.7万円(−19.9%)
世帯主75歳以上130.7万円 → 386.7万円(+195.9%)
75歳以上の世帯数3,003世帯中873世帯(29.1%)。65歳以上は56.6%
年齢別ジニ(75歳以上)当初0.7201 / 再分配0.3534
高齢化をそろえた試算当初 実測0.5855 / 試算0.5765(差0.0090)
65歳以上の世帯の割合55.2%(2021)→ 56.7%(2023)
実質の中央値1997年323万円 → 2024年277万円(−14.3%)。1985年は274万円国民生活基礎調査+CPI
相対的貧困率(新基準)2018年15.7% → 2024年15.0%国民生活基礎調査
子どもの貧困率(新基準)14.0% → 11.0%
大人が2人以上(新基準)11.2% → 6.7%
ひとり親(新基準)48.3% → 44.5% → 44.7%
貧困線2024年138万円(四人世帯なら276万円・月23万円)
非正規の割合1984年15.3% → 2019年38.2% → 2025年36.5%総務省 労働力調査
非正規増加の内訳1985〜2015年の増加の約七割が女性石井・樋口2015(森口2017経由)
世帯主20〜64歳の貧困率正規5% / 非正規21% / 無業46%森口2017
正社員と正社員以外545万円 vs 206万円(差339万円・2024年分)国税庁
高齢者世帯(1,232世帯・全体の41.0%)当初107.8万円 → 可処分263.7万円 → 再分配338.4万円厚労省 所得再分配調査 p.10 表5
高齢者世帯の受給内訳年金・恩給193.8(71.5%)/医療54.8(20.2%)/介護19.8(7.3%)
再分配係数高齢者+213.8% / 母子+5.6% / その他−3.5%
世帯類型別ジニ高齢者 0.7358→0.3611(改善度50.9%)
生活保護の受給率2011年207万人(戦後最多)でも1.6%森口2017
上位10%の資産江戸43%(土地)→ 2019年47.3%(純資産)公文譲/OECD

17. 開いたのは、稼ぎの差でした

過去最大と聞くと、上が伸びた話に聞こえます。中身を見ると、稼ぎのない世帯が増えた話でした。年に100万円も稼いでいない世帯が3割あって、その多くは年金で月22万円を受け取っています。それを年金と医療が引き受けて、通したあとのところで横ばいに戻しています。

日本は、飛び抜けた金持ちが少ない国のまま、稼ぎのない世帯が増えた国になりました。

賃貸経営をしている立場で言いますと、この話は他人事ではありません。統計の「世帯主が75歳以上・当初所得130.7万円」という行が、うちの物件の入居者と重なります。年金で家賃を払っている方が増えているという実感は、この表の形と合っています。

そして、通したあとの差を横ばいに保っているのも、その年金です。


18. 次回

日本の再分配所得のジニ係数は0.3825でした。

世界と並べるときは、OECDがそろえている別の数え方を使います。財布に入るお金、つまり二回目の可処分所得を使い、単位も世帯ではなくひとりずつになります。

その数え方だと、税金と社会保険料を引く前の差は、日本もアメリカもドイツもフランスも0.5前後で、ほとんど同じです。ところが引いたあとで数え直すと、日本0.338、アメリカ0.394、フランス0.299に分かれます。

⚠️ 0.3825と0.338は、どちらも日本の数字ですが別の数え方です。並べて増減を語ることはできません。

同じくらい差がついた国が、そのあとの仕組みで分かれます。

次回はその話です。この連載の最終回になります。


数字の出典

・上位1%の取り分:森口千晶・Emmanuel Saez
 ”The Evolution of Income Concentration in Japan, 1886-2005″

・ジニ係数、改善度、年齢をそろえた試算、所得の高さごとの世帯の割合:厚生労働省「令和5年 所得再分配調査報告書」
 https://www.mhlw.go.jp/content/12605000/R05hou.pdf

・世帯主の年齢ごとの当初所得と再分配所得、年齢ごとのジニ係数、世帯の型ごとの受給の内訳:同じ報告書

・生活保護の受給率:森口千晶「日本は『格差社会』になったのか」(一橋大学経済研究所)
 https://www.mhlw.go.jp/content/12605000/R05hou.pdf

・1990年から2017年までのジニ係数:厚生労働白書 図表1-8-9 バックデータ
 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/19/backdata/xls/01-01-08-09.xls

・貧困率、貧困線、まん中の世帯の手取り:厚生労働省「2025年 国民生活基礎調査の概況」
 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa25/dl/14.pdf

・非正規で働く人の割合:総務省「労働力調査」(JILPT 長期時系列)
 https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0208.html

・正社員と正社員以外の給与:国税庁「民間給与実態統計調査」(2024年分)

・上の一割が持つ資産の割合:OECD Wealth Distribution Database

・江戸の田畑の分かれ方:公文譲の研究

・広がったかどうかの論争:大竹文雄『日本の不平等 ── 格差社会の幻想と未来』、阿部彩(2015)の分析(森口千晶(2017)経由)

・消費者物価指数:World Bank FP.CPI.TOTL(日本)。OECD Prices と2021→2024の上昇率が一致することを確認

※ まん中の世帯の手取りは、物価の上がった分を除いて2024年のお金に直した額です。計算のしかたは第12節に書きました。

※ 貧困率は2018年から国際基準の改定で数え方が変わっています。新旧をまたいだ増減は書いていません。

※ 相対的貧困率は調査によって5ポイントほど違います。「何人に1人」という言い方はしていません。

※ 世帯単位のジニ係数(0.5855・0.3825)と、世帯員単位の等価所得のジニ係数(0.5037・0.3163)は別の系列です。並べて増減を語ることはできません。

※本記事は2026年8月時点の公開情報に基づきます。

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この記事を書いた人

不動産投資歴15年超 / 大家さん学びの会名古屋 支部代表 / AI 開発者 / 著書「FIREできる不動産投資3つのルール」(45才からいきなり始めて成功できる)。本名: 岡本 康 (ブルー・ソリューションズ株式会社 代表)。中立的立場で生成 AI ツール・不動産投資サービスをレビュー。

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